[行列解析7.7.4]系:半正定値エルミート行列に関する基本的な不等式とシュール補行列

7.7.4 半正定値エルミート行列に関する基本的な不等式とシュール補行列

以下では、エルミート行列 \(A, B \in M_n\) に関する重要な性質を示す。

特に、半正定値性、固有値の順序、トレースや行列式の関係を扱う。

さらに、シュール補行列に関する基本的な恒等式も紹介する。

系 7.7.4

\(A, B \in M_n\) をエルミート行列とする。

また、\(A\) と \(B\) の固有値をそれぞれ
\(\lambda_1(A) \le \cdots \le \lambda_n(A)\)、
\(\lambda_1(B) \le \cdots \le \lambda_n(B)\) とする。

このとき次が成り立つ。

(a) \(A \succ 0\) かつ \(B \succ 0\) のとき、\(A \succeq B\) であることと \(B^{-1} \succeq A^{-1}\) であることは同値である。

(b) \(A \succeq 0\)、\(B \succeq 0\)、かつ \(A \succeq B\) のとき、\(A^{1/2} \succeq B^{1/2}\) が成り立つ。

(c) \(A \succeq B\) のとき、各 \(i = 1, \ldots, n\) について \(\lambda_i(A) \ge \lambda_i(B)\) が成り立つ。

(d) \(A \succeq B\) のとき、\(\operatorname{tr}A \ge \operatorname{tr}B\) が成り立ち、等号成立は \(A = B\) のときに限る。

(e) \(A \succeq B \succeq 0\) のとき、\(\det A \ge \det B \ge 0\) が成り立つ。

証明

(a) 先の定理により、\(A \succeq B\) であることと \(\rho(A^{-1}B) = \rho(BA^{-1}) \le 1\) であることは同値であり、これは \(B^{-1} \succeq A^{-1}\) と同値である。

(b) \(X = A^{-1/2}B^{1/2}\) とおく。もし \(A \succeq B\) ならば、

\begin{align}
1 & \ge \rho(A^{-1}B) \notag \\
& = \rho(A^{-1/2}B^{1/2}B^{1/2}A^{-1/2}) \notag \\
& = \rho\!\big((A^{-1/2}B^{1/2})(A^{-1/2}B^{1/2})^{*}\big) \notag \\
& = \sigma_1(A^{-1/2}B^{1/2})^2 \notag \\
& \ge \rho(A^{-1/2}B^{1/2})^2 \notag \\
\end{align}

式 (7.7.3(a)) の判定基準より、\(A^{1/2} \succeq B^{1/2}\) が従う。

(c) \(A = B + (A - B)\) であり、かつ \(A - B \succeq 0\) だから、固有値の不等式は式 (4.3.12) から従う。

(d) (c) よりトレースの不等式が成り立つ。また、\(A - B \succeq 0\) なので、式 (7.1.5) により \(\operatorname{tr}(A - B) = 0\) となるのは \(A - B = 0\) のときに限る。

(e) (c) を用いれば、次のようにして示される。

\det A = \prod_{i=1}^{n} \lambda_i(A)
\ge \prod_{i=1}^{n} \lambda_i(B)
= \det B \ge 0

練習問題

行列

A = \begin{bmatrix} 3 & 1 \\ 1 & 2 \end{bmatrix}, \quad
B = \begin{bmatrix} 2 & 0 \\ 0 & 1 \end{bmatrix}

について、\(A \succ B \succ 0\) であるが、\(A^2 - B^2\) は半正定値ではないことを示せ。このことから、(7.7.4(b)) の逆は必ずしも成り立たないことがわかる。

また、前述の系における各主張で \(A \succ B\) である場合、それぞれの結論をどのように強化できるか考察せよ。

シュール補行列の基本恒等式

エルミート行列

H = \begin{bmatrix} A & B \\ B^{*} & C \end{bmatrix}

が非特異な主要小行列 \(A\) をもつとき、シュール補行列の基本恒等式 (0.8.5.3) は次のような非特異 ∗-合同で与えられる。

(7.7.5)
\begin{bmatrix} I & 0 \\ Y^{*} & I \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} A & B \\ B^{*} & C \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} I & Y \\ 0 & I \end{bmatrix}
=
\begin{bmatrix} A & 0 \\ 0 & C - B^{*}A^{-1}B \end{bmatrix} \\
\quad \\
Y = -A^{-1}B

この恒等式および (7.7.2(c)) により、\(H\) が正定値であるのは、\(A\) とそのシュール補行列 \(C - B^{*}A^{-1}B\) がともに正定値である場合に限られる。また、\(H\) が半正定値であるのは、\(A \succeq 0\) かつ \(C - B^{*}A^{-1}B \succeq 0\) である場合に限られる。

この観察は多くの有用な結果を導くものであり、次の補題を準備として示す。


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