[行列解析4.3.1]定理(ワイルの定理)

4.3.1

定理 4.3.1(ワイルの定理)

\(A, B ∈ M_n\) をエルミート行列とし、それぞれの固有値を \(A, B, A+B\) について \( \{λ_i(A)\}_{i=1}^n, \{λ_i(B)\}_{i=1}^n, \{λ_i(A+B)\}_{i=1}^n\) とする。これらは (4.2.1) のように代数的順序で並んでいるとする。このとき次が成り立つ。

\lambda_i(A+B) \leq \lambda_{i+j}(A) + \lambda_{n-j}(B), \quad j = 0,1,\ldots,n-i

これは各 \( i = 1,\ldots,n \) について成り立ち、ある組 \( i,j \) で等号が成立するのは、非零ベクトル \( x \) が存在して

Ax = \lambda_{i+j}(A)x, \quad Bx \\
= \lambda_{n-j}(B)x, \\
\quad (A+B)x = \lambda_i(A+B)x

を満たす場合に限られる。また次も成り立つ。

\lambda_{i-j+1}(A) + \lambda_j(B) \leq \lambda_i(A+B), \\
\quad j=1,\ldots,i

これは各 \( i=1,\ldots,n \) について成り立ち、ある組 \( i,j \) で等号が成立するのは、非零ベクトル \( x \) が存在して

Ax = \lambda_{i-j+1}(A)x, \\
\quad Bx = \lambda_j(B)x, \\
\quad (A+B)x = \lambda_i(A+B)x

を満たす場合に限られる。もし \(A\) と \(B\) が共通の固有ベクトルを持たないならば、(4.3.2a, b) のすべての不等式は真の不等式となる。

証明.

\(A, B, A+B\) のそれぞれの固有ベクトルを正規直交基底として \(x_1,\ldots,x_n\), \(y_1,\ldots,y_n\), \(z_1,\ldots,z_n\) をとる。すなわち

Ax_i = \lambda_i(A)x_i, \\
\quad By_i = \lambda_i(B)y_i, \\
\quad (A+B)z_i = \lambda_i(A+B)z_i

が各 \( i=1,\ldots,n \) について成り立つ。与えられた \( i \in \{1,\ldots,n\} \) と任意の \( j \in \{0,\ldots,n-i\} \) に対し、

S_1 = \text{span}\{x_1,\ldots,x_{i+j}\}, \quad \\
S_2 = \text{span}\{y_1,\ldots,y_{n-j}\}, \quad \\
S_3 = \text{span}\{z_i,\ldots,z_n\}

とおく。このとき

\dim S_1 + \dim S_2 + \dim S_3 \\
= (i+j) + (n-j) + (n-i+1) \\
= 2n+1

となるので、補題 (4.2.3) より単位ベクトル \(x \in S_1 \cap S_2 \cap S_3\) が存在する。ここで (4.2.2) を 3 回用いると次が得られる。

\lambda_i(A+B) \\
\leq x^*(A+B)x \\
= x^*Ax + x^*Bx \\
\leq \lambda_{i+j}(A) + \lambda_{n-j}(B)

最初の不等式は \(x \in S_3\) から、後者はそれぞれ \(x \in S_1\), \(x \in S_2\) から従う。等号成立の条件は (4.2.2) の等号成立条件から導かれる。

(4.3.2b) の不等式とその等号成立条件は、(4.3.2a) を \(-A, -B, -(A+B)\) に適用し、さらに (4.2.5) を用いることで得られる。すなわち、

-\lambda_{n-i+1}(A+B) \\
= \lambda_i(-A-B) \\
\leq \lambda_{i+j}(-A) + \lambda_{n-j}(-B) \\
= -\lambda_{n-i-j+1}(A) - \lambda_{j+1}(B)

ここで \( i' = n-i+1, j' = j+1 \) とおくと、この不等式は

\lambda_{i'}(A+B) \geq \lambda_{i'-j'+1}(A) + \lambda_{j'}(B), \\
 j'=1,\ldots,i'

となり、これが (4.3.2b) である。したがって、\(A\) と \(B\) が共通の固有ベクトルを持たない場合、等号条件は満たされない。

ワイルの定理は、エルミート行列 \(A\) がエルミート行列 \(B\) によって加法的に摂動されたとき、その固有値に何が起こるかを記述している。摂動行列 \(B\) に関する様々な仮定を課すことで、(4.3.2a, b) の特殊な場合として不等式が得られる。以下の系においても、記号は (4.3.1) と同じであり、固有値の列はすべて (4.2.1) の代数的順序に従う。

練習問題.

\(B ∈ M_n \)をエルミート行列とする。もし \(B\) がちょうど π 個の正の固有値とちょうど \(ν\) 個の負の固有値を持つならば、なぜ \(λ_{n−π}(B) ≤ 0\) および \(λ_{ν+1}(B) ≥ 0\) となるのかを説明せよ。さらに、等号が成り立つのは \(n>\π+ν) 、すなわち \(B\) が特異である場合に限ることを示せ。


参考:Matrix Analysis:Second Edition ISBN 0-521-30587-X.(当サイトは公式と無関係です)

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