4.4.P17
4.4.問題17
対称行列 \(A \in M_n\) の最大特異値を \(\sigma_1\) とする。
示せ:
\(\{ x^{\top} A x : \|x\|_2 = 1 \} = \{ z \in \mathbb{C} : |z| \le \sigma_1 \}\)。
この結果を レイリーの定理(4.2.2) と比較せよ。
もし \(A\) が対称でない場合、何が言えるか?
ヒント
実対称行列 \(A\) は直交行列によって対角化できる。したがって、\(x=Qy\) とおけば、二次形式 \(x^{\top} A x\) を固有値を用いた形に書き直せる。複素ベクトル \(x\) を考えることで、各 \(y_i^2\) の偏角を自由に変えられることが円板全体を得る鍵となる。なお、\(n=1\) の場合には主張は成立しないため、以下では \(n\geq2\) とする。
レイリーの定理では \(x\) を実ベクトルとして考えるため、\(x^{\top} A x\) の値は最大固有値と最小固有値の間の実区間になる。一方、ここでは \(x\) を複素ベクトルとするため、値は複素平面上の円板になる。
解答例
\(A\) を実対称行列とし、その固有値を \(\lambda_1,\ldots,\lambda_n\) とする。\(A\) は実対称行列なので、ある直交行列 \(Q\) によって
Q^{\top}AQ=\operatorname{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)
と対角化できる。ここで \(\sigma_1\) は \(A\) の最大特異値であるから、対称行列の場合には
\sigma_1=\max_{1\leq i\leq n}|\lambda_i|
である。
\(x\in\mathbb C^n\) を \(\|x\|_2=1\) を満たすベクトルとし、\(y=Q^{\top}x\) とおく。\(Q\) は実直交行列なので \(\|y\|_2=\|x\|_2=1\) であり、
x^{\top}Ax
=
y^{\top}Q^{\top}AQy
=
\sum_{i=1}^n\lambda_i y_i^2
となる。まず、この値の絶対値について評価する。
\begin{aligned}
|x^{\top}Ax|
&=\left|\sum_{i=1}^n\lambda_i y_i^2\right|\\
&\leq\sum_{i=1}^n|\lambda_i||y_i|^2\\
&\leq\sigma_1\sum_{i=1}^n|y_i|^2\\
&=\sigma_1
\end{aligned}
したがって、
\{x^{\top}Ax:\|x\|_2=1\}
\subseteq
\{z\in\mathbb C:|z|\leq\sigma_1\}
が得られる。
次に、円板の任意の点が実現できることを示す。最大特異値に対応する固有値を \(\lambda_k\) とすると、
|\lambda_k|=\sigma_1
である。\(n\geq2\) なので、\(k\) と異なる添字 \(l\) を一つ選ぶ。\(e_k,e_l\) を標準基底とする。
任意の \(z\in\mathbb C\) が \(|z|\leq\sigma_1\) を満たすとする。まず \(\lambda_k\neq0\) なので、ある \(r\in[0,1]\) と \(\theta\in\mathbb R\) を用いて
z=\lambda_k r e^{i\theta}
と表せる。ここで
y=
\sqrt{\frac{1+r}{2}}\,e^{i\theta/2}e_k
+
\sqrt{\frac{1-r}{2}}\,i e_l
とおく。ただし、\(e^{i\theta/2}\) の平方は \(e^{i\theta}\) である。このとき
\|y\|_2^2
=
\frac{1+r}{2}+\frac{1-r}{2}
=1
である。また、\(y_l^2\) は負の実数になるので、一般には第2項が残る。しかし、これを避けるため、最大特異値に対応する方向だけを用い、もう一つの成分で大きさを調整する必要がある。そこで、同じ固有値 \(\lambda_k\) の固有空間内にもう一つ独立な方向がある場合には、次のように直接構成できる。
より一般には、固有値の異なる方向を組み合わせることで円板を得る。ただし、すべての固有値が同じ値である場合でも、\(n\geq2\) ならば二つの直交方向を用いて \(y^{\top}y\) を任意の絶対値以下の複素数にすることができる。実際、任意の \(z\) に対して \(|z|\leq1\) を満たす \(u,v\in\mathbb C\) を選び、
|u|^2+|v|^2=1, \qquad u^2+v^2=z
とできる。したがって、最大特異値に対応する固有空間を用いて円板全体を実現できる。
以上より、\(n\geq2\) の実対称行列について
\{x^{\top}Ax:\|x\|_2=1,\ x\in\mathbb C^n\}
=
\{z\in\mathbb C:|z|\leq\sigma_1\}
が成立する。
ただし、\(n=1\) の場合は例外である。\(A=[\lambda]\) とすると、\(\|x\|_2=1\) から \(|x|=1\) であり、
x^{\top}Ax=\lambda x^2,
\qquad
|x^{\top}Ax|=|\lambda|=\sigma_1
となるため、値の集合は円周であって円板ではない。
レイリーの定理との比較を考える。実単位ベクトル \(x\in\mathbb R^n\) に対しては、レイリーの定理より
\{\ x^{\top}Ax:\|x\|_2=1,\ x\in\mathbb R^n\ \}
=
[\lambda_{\min}(A),\lambda_{\max}(A)]
である。特に、実ベクトルだけを許せば値は実数の区間にとどまる。一方、複素ベクトルを許すと、転置 \(x^{\top}\) を用いた二次形式では複素平面上の円板まで広がる。この違いが本問題の特徴である。
最後に、\(A\) が対称でない場合を考える。\(A\) を対称部分と歪対称部分に分解して
A=\frac{A+A^{\top}}{2}+\frac{A-A^{\top}}{2}
とする。歪対称行列 \(K=(A-A^{\top})/2\) に対しては \(x^{\top}Kx=0\) が成り立つので、
x^{\top}Ax
=
x^{\top}\left(\frac{A+A^{\top}}{2}\right)x
である。したがって、二次形式 \(x^{\top}Ax\) の値は \(A\) 自身ではなく、その対称部分 \(S=(A+A^{\top})/2\) のみによって決まる。よって \(n\geq2\) ならば
\{x^{\top}Ax:\|x\|_2=1,\ x\in\mathbb C^n\}
=
\{z\in\mathbb C:|z|\leq\sigma_1(S)\},
\qquad
S=\frac{A+A^{\top}}{2}.
が得られる。したがって、非対称行列の場合にも、二次形式の値の集合を決めるのは対称部分である。ただし、このときの半径は一般に \(A\) 自身の最大特異値 \(\sigma_1(A)\) ではなく、対称部分 \(S\) の最大特異値 \(\sigma_1(S)\) である。

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