[行列解析4.4.P19]tr(\(A\overline{A}\)) の実数性とトレース不等式

4.エルミート行列、対称行列、合同行列

4.4.P19

4.4.問題19

\(A \in M_n\) とする。なぜ \(\mathrm{tr}(A\overline{A})\) は実数(必ずしも非負ではない)であるかを説明し、\(\mathrm{tr}(AA^*) \ge \mathrm{tr}(A\overline{A})\) を示せ。

ヒント

\(\mathrm{tr}(A\overline{A})\) を成分表示すると、対角成分の和は各成分の積 \(a_{ij}a_{ji}\) の総和になる。この総和は、\(i\neq j\) の項を \(i,j\) の組でまとめると実数になる。符号は一般には正とは限らない。一方、\(\mathrm{tr}(AA^*)\) は \(A\) の各成分の絶対値の二乗の総和である。各組 \(a_{ij},a_{ji}\) に対して積と絶対値の積を比較すれば、不等式が得られる。

解答例

\(A=(a_{ij})\in M_n\) とする。まず、\(\mathrm{tr}(A\overline{A})\) を成分表示する。

\begin{aligned}
\mathrm{tr}(A\overline{A})
&=\sum_{i=1}^n(A\overline{A})_{ii}\\
&=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n a_{ij}\overline{a}_{ji}.
\end{aligned}

対角成分に対応する \(i=j\) の項は

a_{ii}\overline{a}_{ii}=|a_{ii}|^2

であり、実数である。\(i\neq j\) の項については、添字を入れ替えた2つの項をまとめると、

a_{ij}\overline{a}_{ji}
+
a_{ji}\overline{a}_{ij}
=
2\operatorname{Re}\left(a_{ij}\overline{a}_{ji}\right)
\in\mathbb R
\qquad (i\neq j)

となる。したがって、すべての項をこのようにまとめれば、

\mathrm{tr}(A\overline{A})\in\mathbb R

が分かる。

ただし、この実数は必ずしも非負ではない。例えば、

A=
\begin{bmatrix}
0&1\\
-1&0
\end{bmatrix}

とすると、\(A\) は実行列なので \(\overline{A}=A\) であり、

A\overline{A}=A^2
=
\begin{bmatrix}
-1&0\\
0&-1
\end{bmatrix}

したがって、

\mathrm{tr}(A\overline{A})=-2 \lt 0

となる。

次に、\(\mathrm{tr}(AA^*)\) を考える。\(A^*=\overline{A}^{\top}\) なので、その対角成分を計算すると、

\begin{aligned}
\mathrm{tr}(AA^*)
&=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n
a_{ij}\overline{a_{ij}}\\
&=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n|a_{ij}|^2.
\end{aligned}

一方、先ほどの式から \(\mathrm{tr}(A\overline{A})\) は、対角成分と \(i\neq j\) の組を用いて

\mathrm{tr}(A\overline{A})
=
\sum_{i=1}^n|a_{ii}|^2
+
2\sum_{1\leq i \lt j\leq n}
\operatorname{Re}\left(a_{ij}\overline{a}_{ji}\right)

と書ける。ここで任意の複素数 \(z,w\) に対して、

\operatorname{Re}(z\overline{w})
\leq
|z\overline{w}|
=
|z||w|
\leq
\frac{|z|^2+|w|^2}{2}

が成り立つ。最後の不等式は \(2|z||w|\leq |z|^2+|w|^2\) によるものである。したがって、\(z=a_{ij}\)、\(w=a_{ji}\) とすれば、

2\operatorname{Re}\left(a_{ij}\overline{a}_{ji}\right)
\leq
|a_{ij}|^2+|a_{ji}|^2

となる。これを \(1\leq i\lt j\leq n\) のすべてについて加えると、

\begin{aligned}
\mathrm{tr}(A\overline{A})
&=
\sum_{i=1}^n|a_{ii}|^2
+
2\sum_{i\lt j}
\operatorname{Re}\left(a_{ij}\overline{a}_{ji}\right)\\
&\leq
\sum_{i=1}^n|a_{ii}|^2
+
\sum_{i \lt j}
\left(|a_{ij}|^2+|a_{ji}|^2\right)\\
&=
\sum_{i,j}|a_{ij}|^2\\
&=
\mathrm{tr}(AA^*).
\end{aligned}

よって求める不等式

\boxed{\mathrm{tr}(AA^*)\geq\mathrm{tr}(A\overline{A})}

が示された。なお、等号が成り立つためには、すべての \(i\lt j\) について \(a_{ij}\) と \(a_{ji}\) が同じ向きの複素数であること、すなわち \(a_{ij}\overline{a}_{ji}\) が非負の実数となることが必要である。

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