6.1.1ゲルシュゴリン円盤定理:固有値の位置に関する基準
次に示すのは行列の固有値がどこに存在しうるかを簡便に見積もるための古典的な定理である。行列の対角成分と非対角成分の大きさの関係から、容易に計算できる円盤が固有値を必ず含むことが保証される。
定理 6.1.1(ゲルシュゴリン)。\(A=[a_{ij}]\in M_n\) とし、各行の削除絶対和を
R_i(A)=\sum_{j\ne i}|a_{ij}| \\\qquad i=1,\dots,n
で定める。すると各 \(a_{ii}\) を中心とする \(n\) 個のゲルシュゴリン円盤
\{z\in\mathbb{C}:\ |z-a_{ii}|\le R_i(A)\}\\ \qquad i=1,\dots,n
を考えると,行列 \(A\) の固有値はこれら円盤の合併
G(A)=\bigcup_{i=1}^n\{z\in\mathbb{C}:\ |z-a_{ii}|\le R_i(A)\}
の中に含まれる。さらに,これら \(n\) 個の円盤のうち \(k\) 個の合併 \(G_k(A)\) が残りの \(n-k\) 個の円盤と互いに素(互いに交わらない)であれば,その集合 \(G_k(A)\) の中には重複度を勘案してちょうど \(k\) 個の固有値が含まれる。
証明(要旨)。\( \lambda \) と非零ベクトル \(x\) を \(A\) の固有対とし,\(Ax=\lambda x\) を満たすとする。成分表示 \(x=[x_i]\neq 0\) として,\(p\in\{1,\dots,n\}\) を \( |x_p|=\|x\|_\infty=\max_{1\le i\le n}|x_i|\) を満たす添字とする。すると任意の \(i\) について \(|x_i|\le|x_p|\) が成り立ち,\(x_p\neq0\) である。
固有方程式の第 \(p\) 成分を取り出すと
\lambda x_p=\sum_{j=1}^n a_{pj}x_j
であるから,これを整理して
x_p(\lambda-a_{pp})=\sum_{j\ne p} a_{pj}x_j
三角不等式と \( |x_j|\le|x_p| \) を用いると
|x_p|\,|\lambda-a_{pp}|\le\sum_{j\ne p}|a_{pj}||x_j|\le |x_p|\sum_{j\ne p}|a_{pj}|=|x_p|R_p(A).
\(x_p\neq0\) なので両辺を \( |x_p| \) で割ると \(|\lambda-a_{pp}|\le R_p(A)\) が得られる。したがって任意の固有値 \( \lambda \) は少なくとも一つの円盤 \(\{z:|z-a_{ii}|\le R_i(A)\}\) に含まれる。これで第一の主張が示された。
次に二つ目の主張を示す。円盤の合併のうち \(k\) 個が残りと互いに交わらないと仮定し,行と列を適切に並べ替える相似変換を施して,その分割が行列の先頭 \(k\) 個の対角成分に対応すると仮定して差し支えない。\(A=D+B\)(\(D=\mathrm{diag}(a_{11},\dots,a_{nn})\), \(B=A-D\)) とおき,\(A_\epsilon=D+\epsilon B\) を \( \epsilon\in[0,1] \) で定義する。すると各 \(i\) について \(R_i(A_\epsilon)=\epsilon R_i(A)\) であり,それゆえ \(A_\epsilon\) の各ゲルシュゴリン円盤は対応する \(A\) の円盤に含まれる。特に \(G_k(A_\epsilon)\) は \(G_k(A)\) に含まれ,残りの円盤とは互いに素のままである。
\( \Gamma \) を \(G_k(A)\) を含み残る円盤と交わらない単純閉曲線(可測)として取り,任意の \( \epsilon\in[0,1] \) に対して \( \Gamma \) 上に \(A_\epsilon\) の特性多項式 \(p_\epsilon(z)=\det(zI-A_\epsilon)\) の零点(すなわち固有値)は存在しないとする。係数は \( \epsilon \) の多項式であり,議論原理を用いると曲線 \( \Gamma \) 内部の零点個数
N(\epsilon)=\frac{1}{2\pi i}\oint_\Gamma\frac{p'_\epsilon(z)}{p_\epsilon(z)}\,dz
は \( \epsilon \) に対して連続な整数値函数であるから定数である。\( \epsilon=0 \) のとき \(p_0(z)=(z-a_{11})\cdots(z-a_{nn})\) であり,曲線内にはちょうど \(k\) 個の零点(\(a_{11},\dots,a_{kk}\))があるから \(N(0)=k\) である。従って \(N(1)=k\) であり,これが \(A\) の曲線内に含まれる固有値の個数(代数的重複度を含む)である。最初の主張ですでに示した包含関係により,これらの固有値は \(G_k(A)\) の内部にあることが確定し,二つ目の主張が証明される。
補遺:上の二次命題は \(G_k(A)\) が連結であることを仮定していない。もし \(G_k(A)\) が非連結であれば,各連結成分について同様の議論を繰返すことでより詳細な固有値の位置情報を得られる。逆に \(G_k(A)\) が連結ならばそれ以上の細かい改良は一般には得られず,「ちょうど \(k\) 個の固有値を含む」という記述が最良である。
ゲルシュゴリン集合 \(G(A)\) は「行」についてのゲルシュゴリン集合であり,円盤の境界はゲルシュゴリン円である。行列 \(A\) と転置 \(A^T\) は同じ固有値を持つから,列和を用いて同様の定理を \(A^T\) に適用すれば,列に基づくゲルシュゴリン集合も得られる。列版では削除絶対列和
C_j(A)=\sum_{i\ne j}|a_{ij}|\,,\qquad j=1,\dots,n
を用いて円盤を定め,同様に固有値の包含を主張できる。
行列解析の総本山

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