[行列解析5.8]問題集

5.8.問題集

5.8.P1

\(A \in M_n\) が正則かつ正規行列であるとする。

スペクトルノルムに関して逆行列の条件数がなぜ \( \kappa(A)=\rho(A)\,\rho(A^{-1}) \) になるかを説明しなさい。

解説メモ:正規行列ではスペクトルノルム(2-ノルム)は最大特異値が最大絶対固有値に等しく、最小特異値が最小絶対固有値に等しいため、\(\|A\|_2=\rho(A)\) および \(\|A^{-1}\|_2=\rho(A^{-1})\) となり、定義 \(\kappa(A)=\|A\|_2\|A^{-1}\|_2\) から結論が得られます。

5.8.P2

正規行列

A_\varepsilon=\begin{pmatrix}1 & -1\\ -1 & 1+\varepsilon\end{pmatrix},\quad \varepsilon>0

の固有値と逆行列を計算し、\(\varepsilon\to 0\) のとき最大固有値と最小固有値の比が \(O(\varepsilon^{-1})\) であることを示しなさい。

これによりスペクトルノルムに関する条件数 \(\kappa(A_\varepsilon)=O(\varepsilon^{-1})\) が導かれます。さらに \(A_\varepsilon^{-1}\) の正確形から任意のノルムについても \(\kappa(A_\varepsilon)=O(\varepsilon^{-1})\) であることを確認しなさい。

解説メモ:2×2 の固有値は直接求まり、最小固有値が小さくなるため比が発散します。逆行列の要素も \(\varepsilon^{-1}\) オーダーの項を含むためノルムは同オーダーになります。

5.8.P3

行列

B_\varepsilon=\begin{pmatrix}1 & -1\\ 1 & -1-\varepsilon\end{pmatrix},\quad \varepsilon>0

について固有値と逆行列を計算し、なぜ \(B_\varepsilon\) が正規でないかを説明しなさい。

\(B_\varepsilon^{-1}\) の形から任意ノルムで \(\kappa(B_\varepsilon)=O(\varepsilon^{-1})\) となることを示し、小さい \(\varepsilon\) で条件数が大きくなることを示しなさい。

一方で固有値の最大・最小絶対値の比は \(\varepsilon\to 0\) で有界であることを確認し、特異値の最大・最小比(すなわちスペクトルノルムに基づく条件数)がどう振る舞うかを考察しなさい。

解説メモ:非正規行列では固有値の比だけでは条件の悪さを判定できない典型例です。逆行列要素の振る舞いが大きなノルムを生みます。

5.8.P4

任意の正則 \(A\in M_n\) と任意の行列ノルムについて、\(\kappa(A)\ge \rho(A)\,\rho(A^{-1})\) を示しなさい。

したがって、最大・最小絶対固有値の比が大きければ \(A\) は逆行列計算において悪条件であることが分かります。

ただし非正規行列は固有値比が大きくなくても悪条件になり得ることに注意しなさい。

解説メモ:任意ノルムに対して \(\|A\|\ge\rho(A)\) かつ \(\|A^{-1}\|\ge\rho(A^{-1})\) が成り立つため不等号が従います。

5.8.P5

逆行列の条件数は用いるノルムによって異なるが、すべての条件数は同値であることを示しなさい。

すなわち、\(\kappa_\alpha(A)=\|A^{-1}\|_\alpha\|A\|_\alpha\) と \(\kappa_\beta(A)=\|A^{-1}\|_\beta\|A\|_\beta\) に対して、正の定数 \(C_{\alpha,\beta},C_{\beta,\alpha}\) が存在して全ての \(A\) について

C_{\alpha,\beta}\,\kappa_\alpha(A)\le \kappa_\beta(A)\le C_{\beta,\alpha}\,\kappa_\alpha(A)

が成り立つことを示しなさい。

解説メモ:有限次元空間上のノルムは互いに同値である(定数で上下から挟める)ので、行列ノルムにも同様の比較定数が導けます。

5.8.P6

行列ノルム \(\|\cdot\|\) がベクトルノルムに誘導される(induced)場合、正則 \(A\) に対して次を示しなさい。

\kappa(A)=\frac{\max\{\|Ax\|:\|x\|=1\}}{\min\{\|Ax\|:\|x\|=1\}} .

さらに、\(\kappa(A)=1\) となるのは、ノルムに関して \(A\) が非零スカラー倍の等長写像(isometry)である場合に限ることを示しなさい。

解説メモ:誘導ノルムの定義 \(\|A\|=\max_{\|x\|=1}\|Ax\|\) と類似の最小値定義から導けます。等長写像は最大・最小が一致し比が1になります。

5.8.P7

行列式 \(\det A\) が小さい(または大きい)とき、必ずしも \(\kappa(A)\) は大きくならなければならないかを論じなさい。

解説メモ:\(\det A\) の大小と条件数の大小には直接単純な一致はありません。例えばスケーリングにより \(\det\) は変わるが条件数は変わらない場合などがあるため、一般的な結論は出せません。

5.8.P8

問題 (5.8.P3) の行列 \(B_\varepsilon\) に対し線形系 \(B_\varepsilon x=[1\ 1]^T\) を考え、真解 \(x=[1\ 0]^T\) と近似解

\hat{x}=\begin{pmatrix}1+\varepsilon^{-1/2}\\ \varepsilon^{-1/2}\end{pmatrix}

をとる。

残差比 \(\|r\|/\|b\| = O(\varepsilon^{1/2})\) だが解の相対誤差 \(\|x-\hat{x}\|/\|x\| = O(\varepsilon^{-1/2})\) となることを示し、相対的に小さい残差でも対応する近似解が大きく間違っている場合があることを確認しなさい。

式 (5.8.10) がどのようにして(小さい)残差を正しい(大きな)上界に変換するか説明しなさい。

解説メモ:残差は小さいが条件数が大きいため誤差が拡大する典型例。(5.8.10) に従えば相対誤差は \(\kappa(A)\) 倍で増幅される。

5.8.P9

有名な悪条件行列の例にヒルベルト行列 \(H_n\) がある(参照 0.9.12)。\(H_n\) は正規なのでスペクトルノルムに関する条件数は \(\kappa(H_n)=\rho(H_n)\rho(H_n^{-1})\) です。事実として \( \kappa(H_n)\sim e^{c n} \)(定数 \(c\approx 3.5\))であり、\(\rho(H_n)=\pi+O(1/\log n)\) が成り立ちます。具体例として \(\kappa(H_3)\sim5\times10^2,\ \kappa(H_6)\sim1.5\times10^7,\ \kappa(H_8)\sim1.5\times10^{10}\) が挙げられます。

なぜ \(H_n\) の成分は有界で \(\rho(H_n)\) も大きくないにもかかわらず非常に悪条件なのか説明しなさい。

解説メモ:ヒルベルト行列は数値的に近似直交性を失うため小さな摂動で逆行列が大きくなり、条件数が指数的に増大します。

5.8.P10

スペクトルノルムを用いると、任意の \(A\) について

\kappa(A^*A)=\kappa(AA^*)=\kappa(A)^2

を示しなさい。

また、このことから \(A^*A x=y\) を解く問題が \(Ax=z\) を解く問題より数値的に本質的に扱いにくくなる理由を説明しなさい。

解説メモ:特に正規直交分解などで特異値が関係するため、正規方程式では条件数が二乗されるので誤差増幅が大きくなります。

5.8.P11

任意の正則 \(A\in M_n\) に対し、任意の特異行列 \(B\) について(任意ノルムで)不等式

\kappa(A)\ge \frac{\|A\|}{\|A-B\|}

を示しなさい。

これは与えられた行列 \(A\) が悪条件であることを示すのに有用な下界になります。

5.8.P12

\(A=[a_{ij}]\in M_n\) を対角成分 \(a_{ii}\ne 0\) を持つ上三角行列とする。最大行和ノルムに関して、次の下界を示しなさい:

\kappa(A)\ge \frac{\|A\|_\infty}{\min_{1\le i\le n}|a_{ii}|}

解説メモ:前問の下界を最大行和ノルムに適用して対角要素を用いて評価します。

5.8.P13

参照 (5.6.P47–P51)。正則 \(A\in M_n\) と行列ノルム \(\|\cdot\|\) に対して、もし \(\|\cdot\|\) が誘導ノルムならば

\kappa(A)=\frac{\|A\|}{\operatorname{dist}_{\|\cdot\|}(A,S_n)}

が成り立ち、一般の(誘導でない)ノルムでは不等号 \(\kappa(A)\ge \|A\|/\operatorname{dist}(A,S_n)\) が成り立つこと、そして場合によっては不等号が厳しくなることを説明しなさい。

ここで \(S_n\) は特異行列全体の集合です。

5.8.P14

フロベニウスの同伴行列 \(C(p)\)(参照 (3.3.12))について、スペクトルノルムに関する条件数が次の形で与えられることを示しなさい:

\kappa(C(p)) = s+1+\frac{\sqrt{(s+1)^2-4|a_0|^2}}{2|a_0|},\\\qquad
s=|a_0|^2+|a_1|^2+\cdots+|a_{n-1}|^2

解説メモ:同伴行列の構造を使って特異値(または固有値)を解析し、上式に展開します。

参考文献:

連立方程式解の誤差に関する事前評価(a priori bound)やその他の結果については、Stewart (1973) など数値線形代数の文献を参照してください。


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行列解析の総本山。行列解析の内容を網羅的かつ体系的に整理しています。線形代数の学習を一通り終えた方が、次のステップとして取り組むのに最適です。行列に関する不等式を研究するには、行列解析の知識が欠かせません。

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