[行列解析6.3.14]定理:近似固有値の誤差評価と固有ベクトルの感度

6.3.14

定理 6.3.14. 

\(A \in M_n\) が対角化可能な行列であり、\(A = S \Lambda S^{-1}\)、ただし \(\Lambda = \mathrm{diag}(\lambda_1, \ldots, \lambda_n)\) とする。また、\( \Vert| \cdot \Vert| \) を、絶対値付きベクトルノルム \( \Vert \cdot \Vert \) によって誘導される行列ノルムとする。さらに、非零ベクトル \( \hat{x} \in \mathbb{C}^n \) と複素数 \( \hat{\lambda} \in \mathbb{C} \) に対して、残差ベクトルを \( r = A \hat{x} - \hat{\lambda} \hat{x} \) と定義する。

(a) このとき、\(A\) の固有値 \(\lambda\) が存在して次が成り立つ:

(6.3.15)
|\hat{\lambda} - \lambda| \le 
\Vert|S\Vert| \, \Vert|S^{-1}\Vert| 
\frac{\Vert r \Vert}{\Vert \hat{x} \Vert}
= \kappa(S)
\frac{\Vert r \Vert}{\Vert \hat{x} \Vert}

ここで、\(\kappa(\cdot)\) はノルム \(\Vert| \cdot \Vert|\) に関する条件数である。

(b) もし \(A\) が正規行列であれば、ある固有値 \(\lambda\) が存在して次の関係が成り立つ:

(6.3.16)
|\hat{\lambda} - \lambda| \le 
\frac{\Vert r \Vert_2}{\Vert \hat{x} \Vert_2}

証明. 

もし \(\hat{\lambda}\) が \(A\) の固有値であれば、この評価式は自明に成立する。したがって、\(\hat{\lambda}\) が固有値でない場合を考える。このとき、

r = A \hat{x} - \hat{\lambda} \hat{x}
= S (\Lambda - \hat{\lambda} I) S^{-1} \hat{x},
\quad
\hat{x} = S (\Lambda - \hat{\lambda} I)^{-1} S^{-1} r

式 (5.6.36) を用いると次が得られる:

\Vert \hat{x} \Vert 
= \Vert S (\Lambda - \hat{\lambda} I)^{-1} S^{-1} r \Vert 
\le \Vert| S (\Lambda - \hat{\lambda} I)^{-1} S^{-1} \Vert| \, \Vert r \Vert
\le \Vert|S\Vert| \, \Vert|S^{-1}\Vert| \, \Vert|(\Lambda - \hat{\lambda} I)^{-1}\Vert| \, \Vert r \Vert
= \kappa(S) \, \Vert|(\Lambda - \hat{\lambda} I)^{-1}\Vert| \, \Vert r \Vert

さらに、

\Vert \hat{x} \Vert 
\min_{\lambda \in \sigma(A)} |\lambda - \hat{\lambda}| 
\le \kappa(S) \, \Vert r \Vert

が成り立つ。正規行列の場合の評価 (6.3.16) は、正規行列がユニタリ対角化可能であること、ユークリッドノルムから誘導される行列ノルムがスペクトルノルムであること、そしてユニタリ行列の条件数が1であることに基づいて導かれる。

この結果は、連立一次方程式の解の相対誤差に関する事後評価式 (5.8.10) と対比されるべきである。もし連立方程式の係数行列が悪条件(ill-conditioned)であれば、たとえそれが正規行列であっても、小さい残差は必ずしも解の相対誤差が小さいことを保証しない。

しかし式 (6.3.16) は、もし \(A\) が正規行列であり、近似固有対が小さい残差を持つならば、固有値の絶対誤差が確実に小さいことを保証している。この評価式には条件数が現れないという特徴がある。

固有値についてはこのように好ましい結果が得られるが、固有ベクトルについては同様の性質は一般には成り立たない。たとえ実対称行列であっても、小さい残差が近似固有ベクトルの近さを保証するとは限らない。

演習. 

次の行列を考える:

A =
\begin{bmatrix}
1 & \epsilon \\
\epsilon & 1
\end{bmatrix},
\quad \epsilon \gt 0

\(\hat{\lambda} = 1\)、\(\hat{x} = [1, 0]^T\) とする。このとき残差は \(r = [0, \epsilon]^T\) であることを示せ。また、全ての \(\epsilon \gt 0\) に対して \(A\) の固有ベクトルが \([1, 1]^T\) および \([1, -1]^T\) であることを示せ。したがって、\(\hat{x}\) はどんなに \(\epsilon\) が小さくても、これらのいずれにもほとんど平行にならないことを確認せよ。

さらに、\(A\) の固有値が \(1 + \epsilon\) および \(1 - \epsilon\) であることを示し、評価式 (6.3.16) が成り立つことを検証せよ。


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