7.4.4 単位行列のスカラー倍による最良近似
ここでは、与えられた行列 \( A \in M_n \) を単位行列のスカラー倍で最もよく近似する(最小二乗誤差の意味で)方法について考える。
式 (7.4.1.3a) を用いると、任意のユニタリ行列 \( U \in M_n \) と任意のスカラー \( c \in \mathbb{C} \) に対して次の関係が成り立つ。
\|A - cU\|_2^2
\ge \sum_{i=1}^{n} (\sigma_i(A) - \sigma_i(cU))^2
= \sum_{i=1}^{n} (\sigma_i(A) - |c|\sigma_i(U))^2
= \sum_{i=1}^{n} (\sigma_i(A) - |c|)^2
= \sum_{i=1}^{n} \sigma_i^2(A) - 2|c|\sum_{i=1}^{n}\sigma_i(A) + n|c|^2
この式の右辺は、\(|c|\) を変数とする二次式であり、最小値を与えるのは
|c| = \frac{1}{n} \sum_{i=1}^{n} \sigma_i(A) = \mu
である。この \(\mu\) は、行列 \(A\) の特異値の平均値である。
したがって、このとき得られる下限は次のようになる。
\|A - cU\|_2^2
\ge \sum_{i=1}^{n} \sigma_i^2(A) - n\mu^2
= \sum_{i=1}^{n} (\sigma_i(A) - \mu)^2
これは任意のユニタリ行列 \( U \in M_n \) に対して成り立つ。 もし \( cU \) が最小化を達成するならば、\((cU)^{*}A\) は半正定値行列でなければならない。
極分解(polar decomposition)\(A = PU_0\) を考えると、ユニタリ因子 \(U_0\) が良い候補になることが示唆される。 実際に計算すると、
\operatorname{tr} P = \sum_{i=1}^{n} \sigma_i(A) = n\mu
また、
\|PU_0 - \mu U_0\|_2^2
= \|P - \mu I\|_2^2
= \operatorname{tr}(P^2) - 2\mu \operatorname{tr}(P) + n\mu^2
= \|A\|_2^2 - 2n\mu^2 + n\mu^2
= \|A\|_2^2 - n\mu^2
したがって、最小二乗誤差の意味で、\(A\) を単位行列のスカラー倍で最もよく近似するのは
\left(\frac{1}{n} \operatorname{tr} P\right) U_0 = \mu U_0
である。すなわち、極分解 \(A = PU_0\) のユニタリ因子 \(U_0\) に、\(A\) の特異値の平均 \(\mu\) を掛けたものが、単位行列のスカラー倍による最良の近似となる。
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