一般に不等式は実数の大小を記述するものであり、複素数に対して不等式が適用されることはほとんどありません。
しかし、拡複素数でも使用できる不等式があります。
それは複素素数でも使用できるように不等式の仕様を拡張した不等式のことで拡張不等式と呼ばれます。
拡張不等式の肝は不等号の種類を増やすことです。
この方法によって複素数でも実数のように不等式が使えるようになります。
拡張不等式で使われる拡張不等号
拡張不等式では下記の2種類の拡張不等号を使います。
「\(<_θ\)」は通常の不等号「\(<\)」を拡張したもの、
「\(>_θ\)」は通常の不等号「\(>\)」を拡張したものです。
θの部分は、ある複素数が指定されます。
このθは方向(方位、向き)を表すパラメータです。
このように、拡張不等号は通常の不等号に方向を示す複素数が添え字として添えられます。
便利な時には、拡張不等号に等号記号「=」を組み合わせた記号も使われます。
例えば、「\(α ≦_θ β\)」は
「\(α <_θ β または α=β\)」の意味として使います。
また、「\(α <_θ β\)でない」と否定の意味表すために、
「「\(α \nless_θ β\)」」のように不等号と斜め線の打ち消し記号を合わせた記号も使います。
拡張しているかそうでないかは、不等号に添え字\(θ\)が付いているかついていないかです。
通常の実数に対しては添え字がない通常の不等号も使います。
拡張不等式は、集合の元であるか否かで定義されますが、問題は実数の不等式に帰着することが多いので通常の不等号も併用します。
拡張不等号の添え字が右辺と接近して分かりにくい場合は、「\(>_θ\)」を「\(>_{[θ]}\)」のように括弧で添え字を囲みます。
拡張不等式の定義
拡張不等式を使うには、ポジティブ集合を固定する必要があります。
ポジティブ集合の取り方によって、拡張不等式の意味が変わってきます。
(拡張不等式の意味はポジティブ集合に依存します。)
特に指定がない場合は、最も基本的な下記のポジティブ集合が仮定されます。
すなわち、ポジティブ集合\(P\)は
\(P:=\{x|x \in \mathbb{R}, 0<x\}\)
です。
任意の複素数\(α、β、θ \ne 0\)に対して、
\[α <_θ β \iff \frac{β-α}{θ} \in P\]
で拡張不等式を定義します。
また、ネガティブ集合は
\(N:=-P=\{-x| x \in P\}\)
で定義される集合です。
\[α >_θ β \iff \frac{β-α}{θ} \in N\]
で拡張不等式を定義します。
拡張不等式は通常の不等式の概念を含んでいるので、単に「不等式」と呼んでも問題ありません。
拡張不等式の性質
拡張不等号と不等号の関係
(1)\(θ=1\)の場合
\(θ=1\)の時の拡張不等号は、通常の不等号の意味となります。
すなわち、任意の実数\(a,b\)に対して
\(a<_1 b \iff a<b \)
\(a>_1 b \iff a>b \)
の関係が成立します。
(2)\(θ=-1\)の場合
\(θ=-1\)の時の拡張不等号は、向きが逆の不等号の意味となります。
すなわち、任意の実数\(a,b\)に対して
\(a<_{[-1]} b \iff a>b \)
\(a>_{[-1]} b \iff a<b\)
の関係が成立します。
(*)略式記号
「\(<_1\)」や「\(>_{-1}\)」は単に「\(<\)」と書くこともあります。
「\(<_{-1}\)」や「\(>_{1}\)」は単に「\(>\)」と書くこともあります。
推奨はされませんが、式をまとめる場合などで便宜的に「\(<_0\)」や「\(>_0\)」で「=」を表す場合もあります。
拡張不等式の基本性質
任意の複素数\(α,β,γ,θ \ne 0\)に対して、次の命題が成立します。
平行移動
\( α <_{[θ]} β \Rightarrow α+γ <_{[θ]} β+γ \)
証明
Fは代数体なので、加法の交換法則、結合法則をみたす。
よって、
\( α <_{[θ]} β \) とすると、
\( \displaystyle \frac{β-α}{θ} \in P \)
\( \displaystyle \frac{(β+γ)-(α+γ)}{θ} \)
\( \displaystyle = \frac{(β-α)+(γ-γ)}{θ} \)
\( \displaystyle =\frac{β-α}{θ} \in P\)
拡大回転
\( α <_{[θ]} β \Rightarrow αγ <_{[θγ]} βγ \)
証明
Fは代数体なので、分配法則、積の交換法則をみたす。
よって、
\( α <_{[θ]} β \) とすると、
\( \displaystyle \frac{β-α}{θ} \in P \)
\( \displaystyle \frac{(βγ)-(αγ)}{(θγ)} \)
\( \displaystyle = \frac{(β-α)γ}{θγ} \)
\( \displaystyle =\frac{β-α}{θ} \in P\)
推移律
\( α <_{[θ]} β, β <_{[θ]} γ \Rightarrow α <_{[θ]} γ \)
証明
Pは加法的に閉じている。
\( α <_{[θ]} β , β <_{[θ]} γ \) とすると、
\( \displaystyle \frac{β-α}{θ} \in P, \frac{γ-β}{θ} \in P \)
\( \displaystyle \Rightarrow \frac{γ-β}{θ}+\frac{β-α}{θ} \in P \)
\( \displaystyle \Rightarrow \frac{γ-α}{θ} \in P \)
両辺交換
ネガティブ集合の定義より。
\( α <_{[θ]} β \Rightarrow β >_{[θ]} α \)
符号反転
ネガティブ集合の定義より。
\( α <_{[θ]} β \Rightarrow α >_{[-θ]} β \)
共役
同型写像の性質より。
\( α <_{[θ]} β \Rightarrow \overline{α} \overline{<}_{[\overline{θ}]} \overline{β} \)
ここで、\(\overline{x}\)は、\(x\)の共役元。
\(\overline{<}\)は、ポジティブ集合\(\overline{P}=\{\overline{x}|x \in P\}\)に対する拡張不等号。
比較可能性
任意の複素数α、βに対して
\( α \ne β \Rightarrowα <_{[β-α]} β \)
が常に成立しています。
ただし、任意の2つの複素数が常に比較可能とは限りません。
\(F=N ∪ \{0\} ∪ P)が成立しているときに、任意の2つの元が比較可能となります。
拡張不等式の例
簡単な拡張不等式の例を具体的にあげます。
\[2 <_1 5 \]
\[0 <_{i} 3i\]
\[ 1+2i <_3 5+2i \]
\[2 \ngtr _1 5 \]
\[1 \nless _{i} 3i\]
\[ 1+2i \nless _{i} 5+2i\]
コメント