ムーアヘッド(Muirhead)の不等式は、調和のとれた不等式で、ある意味相加相乗平均の不等式の一般化といえる不等式です。
ムーアヘッドの不等式の具体例
ムーアヘッドの不等式がどういうものかは、具体例を見た方が実にわかりやすいです。一般形をみるとギョッとしますが、主張している事は単純で、中学生でもわかるレベルです。
2変数だとちょっと単純すぎて一般形から遠くなってしまいますが、まずは2変数の例を示し、次に3変数の具体例を使ってより一般の形をイメージしやすくします。
2変数のムーアヘッド不等式
まずは、一番簡単な2変数での例です。ここで、x,yは正の実数とします。
\(\ 2xy ≦ x^2+y^2 \)
これは、有名な相乗平均と相加平均の不等式を変形したものと同等ですね。
そのほかにも、ムーアヘッドの不等式はたくさんあります。
\(\ x^2y+xy^2 ≦ x^3+y^3 \)
\(\ x^3y^2+x^2y^3 ≦ x^5+y^5 \)
この二つの不等式の例からある程度ムーアヘッドの不等式が推測できてくると思います。
ポイントは、指数部分です。すべての項が同じ次数の項でできているところに注目してください。
ムーアヘッドの不等式は斉次多項式からできています。
3変数のムーアヘッド不等式からイメージする
それでは、3変数のムーアヘッド不等式を提示します。ここで、x,y,zは正の実数です。
\(\ 3xyz ≦ x^3+y^3+z^3 \)
これは、相加相乗平均の不等式に相当するものです。
\(\ 6xyz ≦ x^2y+xy^2+yz^2+y^2z+x^2z+xz^2 \)
この例で、ムーアヘッドの不等式の一般形の形が見えてきます。
3変数の場合、ムーアヘッドの不等式の各辺(左辺と右辺)の項数は6個になります。
最初の相加相乗平均の例として
\(\ 3xyz ≦ x^3+y^3+z^3 \)
を挙げましたが、実はこれは、
\(\ 6xyz ≦ 2x^3+2y^3+2z^3 \)
が本来のムーアヘッドの不等式の形です。
それでは、3変数の例を使ってムーアヘッド不等式の作り方から構造を学びましょう。
まずは、3変数を使って項を2つ決めます。
一つは左辺用で、もう一つは右辺用です。
たとえばここでは、\(xy^2\)と\(x^3\)を例として使います。
ここで二つの項の次数は同じになるようにします。
つぎに、これらの項の変数を置き換えをします。
(x,y,z)→(a,b,c)で、xをa,yをb,zをcと対応する座標の文字の置き換えを表す記号とします。
この記号を使うと、3変数の置き換え(置換)は、
(x,y,z)→(x,y,z)
(x,y,z)→(x,z,y)
(x,y,z)→(y,x,z)
(x,y,z)→(y,z,x)
(x,y,z)→(z,x,y)
(x,y,z)→(z,y,x)
の6種類です。3変数の場合この置換の種類が6個あるために、ムーアヘッドの不等式の各辺の個数は(3変数の場合)6個になるのです。
この置換操作によってまず、左辺用の項\(xy^2\)を置換して項を作るとそれぞれ、
\(xy^2\)
\(xz^2\)
\(yx^2\)
\(yz^2\)
\(zx^2\)
\(zy^2\)
の6個の項ができます。
これらをすべて足すと、
\(xy^2+xz^2+yx^2+yx^2+zx^2+zy^2\)という式ができます。
これが左辺の式です。この式をここでは、\(M_1\)と置きましょう。
同じようにして、こんどは、右辺用の項\(x^3\)に対して置換を行い6個の項を作って足すと、
\(x^3+x^3+y^3+y^3+z^3+z^3\)となります。
この式を\(M_2\)と置きます。
このようにして作った\(M_1,M_2\)には大小関係が成立するというのがムーアヘッドの不等式です。
この例の場合、\(M_1≦M_2\)が成立します。
\(xy^2\)と\(x^3\)を見比べるだけでどちらが大きいのかわかるというのがムーアヘッドの定理なのです。
この例の各項の指数をみてください。
\(xy^2\)の指数は、1乗と2乗の積です。
\(x^3\)は3乗の単項式です。
指数を大きい方からみて、\(xy^2\)は、[2,1,0]タイプ、\(x^3\)は[3,0,0]タイプと表すことにします。
[2,1,0]のタイプは[3,0,0]タイプより小さくなっているのです。これがムーアヘッドの不等式です。
指数部分がばらけるほど小さくなり、逆に集中しているほど(偏っているほど)大きくなります。
模式的に記述すると、
[1,1,1]≺[2,1,0]≺[3,0,0]
です。
[1,1,1]≺[3,0,0]は
\(6xyz≦2x^3+2y^3+2z^3\)
の不等式に対応します。
[1,1,1]≺[2,1,0]は
\(6xyz ≦ x^2y+x^2z+y^2x+y^2z+z^2x+z^2y\)
の不等式に対応します。
3変数3次のムーアヘッドの不等式を簡略してかくと、上記のようになります。
4変数4次の場合は、下記のようになります。
[1,1,1,1]≺[2,1,1,0]≺[2,2,0,0] ≺[3,1,0,0]≺[4,0,0,0]
3変数4次の場合は以下のようになります。
[2,1,1]≺[2,2,0]≺[3,1,0]≺[4,0,0]
いかがでしょうか。大小関係の規則性が見えてきたでしょうか。
ムーアヘッドの不等式は、両辺がどのタイプでできているのかをみることで、大小関係が決定されるという性質を持った不等式です。
指数を次数の大きいほうから並べて書くと大小がわかりやすくなります。
ムーアヘッドの不等式の証明から
少ない変数、小さい次数の場合でムーアヘッドの不等式を具体的に作ってみると、ムーアヘッドの不等式がどのようなものかわかってきたと思います。
ムーアヘッドの不等式は、作り方からわかるように、両辺は対称式になります。
ムーアヘッドの不等式は、対称式同士の大小関係を表す定理だともいえます。
さて、ムーアヘッドの不等式の証明ですが、簡単そうで難しいです。ムーアヘッドの不等式の特別な場合が相加相乗平均の不等式となっているわけですから、相加相乗平均の不等式の証明よりも難しい事は想像されます。
しかしこれに関しても、まずは少ない変数、小さい次数の場合で証明してみると証明で使う規則性がみいだされ証明の糸口が見出されます。
指数が整数の場合は特に難しい定理や公式を使うわけでもなく、ひたすら多項式の計算(変形)をするだけで証明可能になっています。ただ、やみくもに変形しては行き詰ってしまいますので最初は挫折するかもしれません。
最初に提示した\(\ x^2y+xy^2 ≦ x^3+y^3 \)の場合ですと、
\(\ ( x^3+y^3)-(x^2y+xy^2) \)
\(=(x-y)^2(x+y) ≧0\)
の恒等式で証明されます。
これは簡単な例です。
このように大きい方から小さい方を引いた式をうまく変形することで証明されますが、この例のように常に因数分解されるわけでもないので、意外に困難を極めます。
ずるして、相加相乗平均の不等式が証明されているとして使うと見通しがよくなります。
例えば、相加相乗平均の関係から、
\(\ x(2xy) ≦ x(x^2+y^2) \)
\(\ y(2xy) ≦ y(x^2+y^2) \)
がわかります。これらの不等式を辺々加えると、
\(2x^2y+2xy^2 ≦ x^3 + xy^2+x^2y+y^3 \)
となりますから、整理すると
\(x^2y+xy^2 ≦ x^3 +y^3 \)
が示されます。
実はこの例から示唆されるように、ムーアヘッドの不等式は、より細かい相加相乗平均の不等式を組み合わせる事で構成できます。
ということは、相加相乗平均(AM-GM不等式)を証明すれば、ムーアヘッドの不等式も証明できるという事で、実際そのように証明されています。
コメント